中華街の念仏


バンコクの中華街には中華寺が多い。タイ仏教は上座部仏教(黄色い袈裟のタイらしいお坊さんのグループ)で中国は日本と同じ大乗仏教。バンコク中華街はこのタイ仏教寺院と中華寺院が混在している。いつもこの中華街をあてもなくウロウロ探検するのが何より楽しく、ある日いつも立ち寄るインド人街にあるオールド・サイアムというタイ庶民のショッピングモールをすぎてもっと奥(チャオプラヤー川側)に進んだら日本語の一般的なバンコク地図に載っていない大きい中華寺を見つけた。非常に大きい寺院で寺院の壁面にお念仏が描かれている。夕方で誰もいない本堂で数十分ゆっくりする。よく見るとお賽銭箱や天井の柱など沢山の南無阿弥陀仏が書かれている。仏教寺院はもちろんのこと浄土門僧侶として馴染みのお念仏があるとより安心感がある。中華街の外の喧騒は全くなく少々歩き疲れた身には我が家のような最高の癒しの場である。

東京の築地本願寺や大阪の北御堂(津村別院)でサラリーマンが昼休み時間に本堂に休みに来るというのもうなずける。静かなのは当然として仏様に守られている感といい、お参りもできるし瞑想もいいだろう。お寺はやはりいいね。

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壁に描かれたお念仏。異国で見るお念仏は我が家に帰ったような安心感がある。

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本堂内にもいたるところにお念仏

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中華街で偶然見つけたお寺の門。場所的なものなのか風水なのか横から入る。


チャオプラヤー川


バンコクといえばチャオプラヤー川。観光ツアーでバンコク観光の時はまずここに来て「暁の寺」に行く時にこの川を渡る。高級ホテルもだいたいこの川岸に集中している。ここの川岸に立ち、日本の中古車エンジンをそのままスクリューに直結した船外機の爆音を聞けば、ああバンコクに来たなあと情緒に浸れる。

先日所用がありこの川岸沿いに立つビルに行った帰り、通常タクシーなどを使うところをあえて水上バスに乗った。頻繁に来るのではないので、桟橋で川を見ながらぼーっとする至福の時間。セイラーマンの鳴らす独特の笛の音とともに船がやってきた。船は超満員で地元の人80%残りが観光客らしきひと。船内からの川岸の景色はなんとも素晴らしい。お寺や大きいホテル、昔ながらの建物。釣りをするひと。船は工事中の暁の寺を前に高野山真言宗が護持する日本寺近くで上陸。

かつて南インドのケラーラ州で乗ったバックウォーターの乗り合い船に乗った時もそうだが、ローカルの水上船の旅は格安で最高の景色を提供してくれる。下手な観光地よりよっぽど面白い。

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高速船からの景色

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対岸真ん中に見える暁の寺は工事中

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川沿いの街並み

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桟橋

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船の中は超満員


高知でチベット 1


 

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定福寺山門

高知県の大豊という山間部にある定福寺で「チベットの祈り・チベットフェスティバル」が開催された。これはチベットハウス主催で北海道から高知まで数カ所の5つの会場にして順番にトータル1ヶ月ほどにわたり順番に行われた。縁あってチベットハウスが主催する高知では初めてのイベントである。会所の定福寺の釣井師が非常にチベット仏教に熱心な方で頭が下がるほど研究されている。

今回、11名の南インドにあるタシルンポ寺院からロプサン・ツェテン管長を始めお坊さんが来られた。本当のこの寺院はチベットにある。ここは阿弥陀仏の化身であるパンチェン・ラマ法王の寺院だが猊下は中国で政府に連れ去られ行方不明である。詳しくはネットで検索してほしい。

5月19日から24日まで法王事務所日本代表のルントク氏も常駐し、法要、チャムというチベット仏教舞踊、阿弥陀仏の砂曼荼羅製作、法話、瞑想、チベット占い、チベットグッズ販売が行われる高知では初めての本格的大掛かりなチベットイベントで開会式には200名ほどの人が集まった。開会式でこの地に伝わる神楽という古式舞踊が奉納されたがチベット舞踊によく似ており不思議なつながりがあるという。また日本ではここでしか飲まれない碁石茶という発酵茶もチベットにある同様のお茶と似ているとの話。このお茶ネットでも入手可能。不思議な味だが体にいい。しかも山間の景色がまるでダラムサラなどチベット文化圏の山中のよう。タシルンポのお坊さんもダラムサラかダージリンみたいだとおっしゃられた。

このタシルンポ寺院のお坊さんはよく日本に来ており新居浜の萩生寺や東京で行われた法王のお誕生日パーティーでも顔を合わしたことがあり懐かしい。

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高知の山間部に伝わる神楽

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チベット声明

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チャム

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スタッフと共に

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チベット仏教舞踊チャム

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管長様と。素晴らし笑顔。

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休憩中

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管長からの御法話

 

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砂曼荼羅「阿弥陀仏」製作中これで砂を撒き始めて初めて3時間ほど。

 


ガヤの石材店


ガヤのヒンズー教寺院でお釈迦様が剃髪したといわれているビシュヌパドマンデル(ビシュヌの足寺院)の門前町には多くの石材店がある。

その中にシタラム石材店という老舗の石材店があり、インド駐在中からお世話になっている。

親鸞聖人750回大遠忌記念に日本寺大先輩の曹洞宗のH師にお世話をいただいて高知県内の幾つかの寺院とともに仏足石を輸入した。(その仏足石は弘願寺ホームページ内の境内紹介に記載あり)これを作ったのがこの石材店である。最近この仏足石はいくつかの業者により国内で輸入販売されているが日本にこの仏足石を輸入したのはこのH師とこのブログによく出る友人ビジャイさんがパイオニアである。

さて数年前このシタラム石材店に用事があり久しぶりに訪れた。すると店先に作りかけの仏足石が捨ててある。どうしたのかと聞くと途中で割れたので使えないという。この仏足石の石材は聖地ブッダガヤのあるビハール州の多くの仏像や神像はブッダガヤとラジギールの間で取れるブラックストーンという黒い石を使う。これが固くて扱いが難しいらしい。オリジナルの仏足石もこの石から作られ、水や油を塗ると上品な黒光りをする。石を取りすぎて枯渇の危機にあるらしい。

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捨てられた仏足石どこが問題なのか?

仏足石を作っている時のスナップ写真を見せてもらうと石切場から持ってきて重すぎて工房に入れずトラックから降ろした店先の道路で掘っている。なんともインドらしい光景だ。運送以外ほぼ人力で行われる工程は昔と変わらない。油圧機やコンプレッサーなど機械類は皆無。インドの底力を感じる。

仏足石製作中。重いからトラックでおろした店先で掘る。

仏足石製作中。重いからトラックでおろした店先で掘る。

シタラム石材店社長、ミニチュア仏足石と

シタラム石材店社長、ミニチュア仏足石と

かなり形になってきた

かなり形になってきた

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シタラム石材店

ブッダガヤ大塔の実物仏足石

ブッダガヤ大塔の実物仏足石

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片足のものもある。約2200年前のもの。


マザーハウス


1997年8月末にブッダガヤ日本寺に赴任したすぐ後の9月5日マザーテレサが亡くなった。ブッダガヤでも話題となりその1週間後ブッダガヤにあるもう一つの日本のお寺、大乗教が中心となって追悼法要を各国僧侶が集まり仏式により行われた。

おそらく大乗教のインド人スタッフがカルカッタ出身だったのでことのほかマザーテレサへの思いが深かったのだと思う。

その後何度かカルカッタに行ったらマザーハウスにお参りに行くことがある。このマザーハウスのホール内に、マザーテレサが安置されたお墓がある。

ある時、現場での奉仕中辛いことがあったのか辛そうな顔したシスターの一人が小走りにマザーテレサのお墓に来て額をお墓につけてお参りをしていた。彼女は1分ほど静かにお参りをしてすっきりした顔で現場に復帰していった。

その姿に感動し私はそばの椅子から数分立てなかった。今もマザーテレサはみんなを助けている。

そういえばお参りをすると帰りに小さいマリア様のメダイというお守りをいただける。多分もれなく。

私は仏教徒なのでマリア様のお守りを使用することはないが、たぶん多くの方の宝物になるのだろうなあ。いいことだと思う。

マザーテレサのお墓。マザーハウス内にある。

マザーテレサのお墓。マザーハウス内にある。


偶然の再会


住職になってなかなか忙しく渡印は毎年というわけにいかず、長い間渡印できないこともある。

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駐在当時スリランカ寺にいたお坊さんと偶然の出会い。 彼もインド参拝旅行にきていたという。お互い偶然にびっくり。

ところが不思議なもので、インドに行くと当時お世話になった外国のお坊さんや日本寺の先輩僧侶、関係者と偶然出会うことがそこそこの頻度である。もちろん会う相手もインドには住んでおらず、偶然の再会にはびっくりさせられる。数年前日本寺の先輩I師にもちょうど偶然、渡印時期が重なりブッダガヤでお会いした。特に待ち合わせもしていないのにブッダガヤに到着しホテルの前にいたら師が前から歩いてきて、仏様が引き合わしてくれたのかと思った。師も頻繁にインドに行っているのではない。こうした同じような再会がブッダガヤ大塔で駐在中お世話になったスリランカのお坊さんに会ったり、その他インドや乗換中のタイの飛行場や機内でも不思議な再会がインドに関わるとなぜか多い。

 


東京、ダライ・ラマ法王観音菩薩許可灌頂


2015年4月12日、13日の2日間、ダライ・ラマ法王観音菩薩許可灌頂のご縁をいただいた。観音菩薩とは阿弥陀佛の脇侍で、その頭の冠には阿弥陀仏がおられる形で表される。

生きとし生けるものを救おうと現世におられる菩薩様である。

菩薩とは成仏できるのにあえて成仏せず苦しみの私たちの側に生きて救いの縁を結ぶ。

 

東京・昭和女子大学・人見記念講堂には2000人の方が集まった、チケットは発売と同時に売り切れたという話。モンゴル、台湾、韓国からも非常にたくさんの参加者があった。2日間で8時間以上の講義と儀式があり般若心経の解説や灌頂の作法が行われた。

私たち浄土真宗も「作法」という儀式がきめ細かく決まっており、チベット仏教の作法もなんとも味わいがあり感動した。

今回は観音菩薩の中でもチベットと非常に縁の深い十一面千手観音とカサルパニ観音の灌頂があったわけだが、このカサルパニ観音はブッダガヤ大塔のちょうど入口の右側壁にこの観音様の像があり、いつもチベット人が一番お参りをしており今まで観音菩薩ということ以外は詳しく知らず、今回初めてそのいわれが解り非常にありがたかった。

またダライ・ラマ法王はこの十一面千手観音の化身である。

浄土真宗は阿弥陀仏一仏信仰であるので、観音菩薩は礼拝の対象ではない。

だからあまり観音菩薩のことは詳しく知らなかったが、法王との幾度かの縁の中で観音菩薩をはじめいろんな仏様の勉強ができて非常にありがたく面白い。

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昭和女子大学の会場

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法王の写真は禁止であったので会場のみ

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ブッダガヤ大塔のカサルパニ観音菩薩

 


タポーバンの遺跡


仏像復興を手がけているラジギール近郊のジェティアン村近郊にタポーバンという温泉精舎がある。ラジギールの温泉精舎ほどの規模でなく湯量も少ない。

そのすぐ前にかつてブッダを祀っていた寺院跡がありブッダの足跡が岩に残っている。もちろん本当にブッダの足跡ではなくそのように見える石がブッダの足跡と信じられている。近くにはムスリム侵攻によると思われる破壊されたヒンズー教の神様の像もあったので「仏教寺院」とは言えないと思うが、地元の人はこれは間違いなくブッダの足跡でブッダのお寺だと言われる。この寺院跡は村からも離れてさびさびとしているがこの近郊には発掘されてない仏教寺院も実際にあるので、どこか気になる遺跡である。

インド(特にヒンズー教徒)はこのように足跡が岩に残っている(ように見える)石を神の足跡として崇拝することが多い。おそらく仏教の佛足石信仰もこういったインドの文化的経緯があると思われる。

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タポーバン温泉精舎

 

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ブッダの足跡寺院跡

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寺院跡中心にあるブッダの足跡。持ってきたものではなくもともとある岩盤にある。

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奥の方まで寺院跡はある

 


ネパール カトマンズ本願寺


数年前、団体旅行でインド聖地旅行の折、ネパール国カトマンズにある浄土真宗寺院を参拝した。

浄土真宗は日本人移民国のハワイを始め北米南米以外にも外国にお寺がある。欧州とこのカトマンズなど、かつてアフリカにもお寺を作る話もあった。このカトマンズ本願寺のソナム所長はもともとはシッキム出身のチベット仏教の僧侶であるが、彼が98年にブッダガヤ滞在中に日本人のNGOグリーンライフ研究所を開所された福岡県北九州市の故向坊弘道氏に出会いお念仏の道に目覚められて浄土真宗の僧侶となり、縁あってネパールの念仏道場の所長となった。

故向坊弘道氏は事故によって全身不随となりそれがきっかけでお念仏の信仰を深められた方だが、その98年に彼が電動車椅子でブッダガヤ日本寺に来られたときお話をしたことがある。日本寺のことやブッダガヤの浄土真宗の布教の実情を聞いて行かれた。その時のブッダガヤ参拝時にソナム師との出会いがあった。

訪問時ちょうどソナム師は御家族の大変急なお見舞いでシッキムに帰られていてお会いできなかった。現在このお寺は学校が併設され、多くのネパール人が勉学を学びつつ浄土真宗も学び多くのネパール人が帰依し少しづつだが僧侶も生まれている。浄土真宗の本尊である阿弥陀仏はチベット仏教でも非常に馴染み深く、パンチェン・ラマという阿弥陀仏の化身もいる。この化身はダライ・ラマ法王(観音菩薩化身)と並ぶが最も信仰されている化身である。

 

 

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カトマンズ本願寺を正面から。右側にチベット仏教の仏塔チョルテンが見える。

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本尊阿弥陀如来

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カトマンズ本願寺の僧侶

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本堂正面にて

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参考にハワイ ホノルル別院。西洋風で中も教会のよう。ハワイ浄土真宗は100年以上の歴史がある

 


乗車定員20名ジープ


インドの車に乗車定員はない。いやある・・・それは乗れるだけ。

さすがに都市では屋根に乗ることはないがブッダガヤなどの田舎は屋根にまで普通に乗る。バスやジープ系の乗り合い営業自動車に限るが今でも簡単に見ることができる。

ジープは聞いた話では20人は乗れるという話。屋根だけではなくボンネットに乗っている車を見たことがある。事故が起こったらとんでもないことになることは火を見るよりも明らかだし、死亡事故の話はしょっちゅう聞いた。一番びっくりしたのは夜間ボンネットに乗った客に懐中電灯を持して、それを前方を照らしながらヘッドライトにして走るジープを見た。自動車のヘッドライトが壊れていたのだろうがあまりに無謀。極貧のビハール州では現実にある世界。ボンネット上の客が数個の懐中電灯を使い対向車にアピールするように照らし回しながら対向斜線から迫ってくるので、はじめ何が来たのだろうとびっくりしてたが、ジープに乗った人と気付いた時はもっとびっくりした。

ところでこのインドジープは4WDではない後輪駆動。ジープファンもびっくりの仕様である。オリジナルの本家米国ジープのウイリスやMBの形ではなく日本製三菱のジープ派生系の形というのがおもしろい。

この小さい車に20人も乗るなんて・・お釈迦様の聖地の多いビハール州だけでも人口は1億人を超える。それだけ人が多いのにインドの田舎は移動手段の車が少ない。バスもローカル列車も屋根に乗る。

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車内より屋根の方が人が多いような・・

 

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何人乗っているのか・・