ジェティアン堂宇 トイレシャワー建設


2021・2・13付けの建設中のトイレ3基、シャワー、手洗い所。
中間報告がきました。今年秋までくらいに完成する予定ですが。コロナの状況次第です。
ちなみにこの村あたりにはコロナ患者はいないそうです。インドは都市部のみという報告でした。
インド人の村人は基本村から移動しません。
ジェティアン堂宇本尊
20年以上前に植えた落慶記念樹マンゴーです。今年の5月には大量に生りそうです

ジェティアン堂宇・トイレ、シャワー室建設中


2020年コロナ問題の中ジェティアン村堂宇横にトイレ、シャワー室の建設が始まりました。工事は何度も外出禁止令によりストップしていますが順調に進んでいます。そのほか小さい僧房も整備される予定との連絡を受けました。
シャワー室1、洋式トイレ2、インド式トイレ1が作られる予定です。
今年に落慶法要を行いたいのですが世界第2位のコロナ感染国インドには当分入国できません。来年2021年の秋を目指して準備中です。

2018年インド、ジェティアン・ラジギール平和行進


非常に綺麗な状態で保たれているジェティアン寺


2018年12月13日インド・ジェティアン村において恒例の「世界平和行進」が行われた。数年前から行われている行事で世界中から1000人を超える僧俗が集まる。再三出向依頼を受けていたがやっとこのと参加できた。1999年私たちがここに来た時はインドの普通の村であったがこの20年、高知県仏教青年会が仏像復興を行った結果、私達の手を離れ世界に知られる聖地となった。

当日は10時くらいからジェティアン村へ托鉢に向かう。村人から辻々で果物やお菓子を鉢に入れてくれる。かつてラオスのルアンパバーンで100人程度の托鉢を見たがここでは数百人の僧侶の托鉢。いままで見た中では最も多い数である。村の奥に進むと昼食が用意され、これは僧俗(ただし信者は外国人のみ)ともにいただける。

昼食後は式典会場に集まるが、何せ世界各国の僧侶が集まるのでそれぞれの僧侶同士の法衣から顔立ちまで変わるので、コミニケーション大会が始まる。言葉は通じなくても携帯で写真の取合い。日本人は私たちと現地の日本人僧侶数人だったので、非常に珍しくどこに行っても記念写真をせがまれた。

式典が始まると各国代表と主催者側のナーランダ大学などの代表などのスピーチ。約1時間ほど行われた。式典後はジェティアンからラジギールの竹林精舎へ約12キロの平和行進が行われる。この道はかつてお釈迦様が通られた旧道で生活道路としてはあまり使われていない。舗装もされていない昔ながらの道である。

今回は時間がないのと諸事情で歩くことは叶わなかったが現在のジェティアンがこれほどもでに復興したことを確かめて帰路についた。


ネパールの細密仏画


ネパールにある浄土真宗寺院・カトマンズ本願寺の僧侶スニタさんのお父さんシュクラ・バハドル・ラマさんはカトマンズ本願寺本堂の内陣を書かれた有名な仏画師である。ネパールのお土産屋などで見られる仏画よりも数段精密な細密画を数人のお弟子と共に描かれている。

閑静な住宅街にある工房は日本などから依頼を受けた仏画など数点が描かれており、細密画用の筆や筆の形を整える道具などがおかれ、制作途中の仏画や数年かけて製作中の大型作品の涅槃図(お釈迦様が亡くなった時の様子)が目を引いた。ネパールにはこのような工房がいくつもあり日本人留学生もいるそうである。

かつて日本も家庭の仏壇本尊の絵像などを書く多くの仏画師がいたはずだが、今や写真、印刷技術が進み家庭のお仏壇の仏さまの絵像は印刷されたものが多くなった。ちなみに浄土真宗は仏画師が一部手書きした本願寺の発行する絵像の安置を推奨している。

ホテルに仏画を持ってきていただき吟味

真言宗で使う曼荼羅

シュクラさんスニタさん家族と共に

数年かけて制作中の涅槃図

阿弥陀仏。制作に1ヶ月ほど

道具

お弟子さんが曼荼羅を仕上げていた

阿弥陀仏絵像


第四回ジェティアン・ラジギール平和行進


2017年12月13日、高知県仏教青年会が復興し今や世界的に名が知られ始めたジェティアンで第4回のジェティアンからラジギールまでの13キロほどを歩く平和行進が行われた。世界各国から2000人以上の方が参加し、世界中の各国僧侶、信者が集まった。

参加要請は毎年受けるが12月の忙しい時期ということもあり参加はできなかったが現地の事務局が参加した。主催はアメリカの仏教興隆組織でブッダガヤやタイなどでも積極的に活動しているグループである。しかしながら上座部、大乗、分けへだてなく集まることはさすが聖地インドだと思う。

ゲート

オーガナイザー入場証

高知仏青が復興したお堂の説明写真 jethian

 

ジェティアンにあるお釈迦様がおられた洞窟

三蔵法師も滞在されたジェティアン

メインステージJethian Puja

東アジアからは韓国からもたくさんのお坊さんが見えられた。

僧俗一緒に平和行進

沢山の方が参加

インド人上座部僧侶

 


ルアン・パバーンの托鉢


ラオスの古都ルアン・パバーンは昔のままの町並みを残している。アジア内陸部のこの街はメコン川中流沿いの街ではあるが急流で海からの物資輸送がもともと困難で、フランスの植民地時代にも大きなインフラ整備もおこなわれず、しかも独立後は社会主義国家であったため開発からは縁遠かったことが要因である。

現在街自体がユネスコ登録の保護対象下にあり、街は3階建てのビルが1件だけ(ユネスコ登録前に建設)であり新しく建物を作るにはユネスコの厳しい審査が待っている。街はコンビニもなくファストフード店もない。朝は6時には街が開き夜7時には真っ暗になる本来の普通の人間の生活が保たれている。その朝一番におこなわれるのが僧侶への供養である。

ルアン・パバーンのメインストリートには毎朝各寺院から約200名ほどの僧侶と見習いの子供僧が集まり一列になって托鉢をしていく。それに会うために世界から多くの観光客が集まる。もちろん東南アジアすべての朝は各地で同じような托鉢がおこなわれているが観光化しているのはこの街だけだろう。

もちろん観光化しているのは在家側の話でお坊さんは戒律をしっかり守り托鉢修行されている。各寺院やグループごとに先頭には住職やリーダーが数名歩き、あとは出家した順に見習いの未成年僧侶が歩いていく。観光に来た人は托鉢供養のもち米など入手ができないため、托鉢専門の物売りから供養の品を買い供養していく。こうなるとビジネスの世界だから供養の品の相場を知らない外国人から多少?の上乗せをして儲けようとする人もいるわけでガイドブックやガイドからは注意喚起を耳にする。とはいえ観光客も多少高くてもせっかく来たんだから彼らから購入し供養する。そしてその数が半端ではない。観光シーズンになると何百人の観光客からの供養がある。托鉢される僧侶も托鉢の鉢なんて数十メートル歩けば鉢がいっぱいになり入らなくなる。そのため数十メートルおきにバケツを置いて鉢の中身を入れる場所が用意されている。せっかくの供養を捨てているように見えるがあとで各お寺に振り分けて持って帰る。またその一部は貧しい家庭にも施されるそうだ。

なにはともあれ、僧侶には多くの供養が施され、金持ちの観光客よりお金がラオス人にまわり、また一部は貧しい人にも施されていくシステムである。しかも仏縁のなかった西洋人には仏縁がつながる。

現在ラオスはニューヨーク・タイムズの世界で最もいきたい国ランキング1位である。しかし必ず近代化されるのでこの数年が山だと思う。

ルアン・パバーンの町並み。ビルなど一切ない

先頭の指導者の僧侶、供養するのは観光客

ルアン・パバーンの托鉢

見習い僧。サーマネーラ。バケツはいっぱいになった施しを入れるバケツ。少年僧は多少選り好みしていらないものを入れている感じ。

托鉢の様子、しっかり作法通り裸足である。

供養の品の補充。托鉢専門業者より

捨てているのではありません。あとでお寺に持っていきます。

ところどころに現地人の供養も見られる


佐々井秀嶺師来高


2017年6月21日高知県の山間部土佐町において佐々井秀嶺師の講演会が開かれた。ご縁は高知在住の写真家の方がインドで取材されたことがきっかけでこの運びとなったとのこと。

日本寺駐在以来19年ぶりにお会いするお姿はさすが82歳の高齢ではあったが、講演は非常にパワフルで当時と変わらず情熱的であった。現在インドでは一年に50万人ちかい仏教への改宗者がおりその頂点に立つのが師である。彼らはカーストの底辺で差別に苦しみカーストの根源であるヒンドゥー教から完全平等の仏教への改宗者である。師はインドに渡り彼らとともに仏教興隆活動を50年行っている。

この活動によりかつてインドの仏教徒は人口の0.8%というデータがあったが今や1億人つまり8%になったという話もある。近年実際にインドを歩いてみると彼らのグループのインド人僧侶や仏跡参拝する在家団体を頻繁に目にすることがあった。

師の信念は人の悲しみや苦しみと共に歩む菩薩道である。

高知市から1時間の山間部、土佐町の会場

200人以上の方が集まった

佐々井秀嶺師。

2017年5月の釈迦誕生聖地ルンビニで参拝する佐々井師のグループ。


カトマンズ近郊チベット村の絨毯工場


ネパール、カトマンズのパタン地区近郊にチベット人が多く住むエリアがある。主な産業の一つにチベット絨毯があり幾つかの工場がある。そのうちの一つを訪問した。

チベット亡命政府のあるダラムサラでもたくさんのこのような工場があり全て伝統的な手作りで作られている。その工程たるや例えば畳一畳分を作るのに数ヶ月を要し、また製品自体も非常にクオリティーが高い。日本にもこれを輸入して扱う業者は多い。使えば使うほど光沢が増し、新品よりも使い込まれたアンティークの値打ちが高い。

さてこのエリアもカトマンズ地震で大きく傷つき更地になってその後手をつけられない箇所も多い。工場ではチベット人のおばさんが十数人黙々と絨毯を作る。今は全く機械化されていないがそのうち一部は機械化が進むのかもと思いつつ見学。

しかしいつもチベット人は笑顔を見せれば100%笑顔が返ってくる。本当に気持ちが良い。ネパール人も比較的笑顔を見せるが、インドではあまり見られない。

絨毯の倉庫には大量の絨毯が大小様々なサイズが販売され事務所を訪ねると世界中のバイヤーの名刺がずらり。倉庫には祭壇がありダライ・ラマ法王の写真が置かれていた。事務員のおばさんはインドで法王と撮ったツーショット写真を自慢げに見せてくれた。法王はネパールには長い間お出ででないそうだ。

質素な工場にたくさんの織り機がある

絨毯工場兼販売所入り口

絨毯をつくる方々

チベット人の主な産業でもある

各種デザインの絨毯

店内には法王の祭壇。

大小サイズの絨毯

人気の虎柄、工場、職人によりデザインは変わる。

 


ベトナム沈香


お香の中で最も希少で高級なものを「沙羅」(きゃら)という。特にベトナム産は昔から最高級であり、その希少性から近年価格が急騰し最近は金より高価で取引されることもあるとのこと。あまりにも高いのでそれより一段クラスの下がる「沈香」(じんこう)が通常、仏事や香道で使われる。これも産出される東南アジアの中でベトナム産が最も人気がある。

伽羅や沈香はある種の木の傷などから出る脂が木の中で長時間かけて変化して出来るのもであり、脂の多さが価値を決める。普通は自然にしかできないが、人工的にこれを作る技術が出来ておりベトナムでは大量に作られている。

沈香の天然物と人工物は出来のいい物は素人目には区別は難しく、また香りも普通に沈香のいい香りがする。また人工といっても特定の木を大量に植樹し人工的に傷をつけて、あとは自然に長年成長するのを待つという作業で、一応傷つける以外は自然の力で作られるので「天然物」とし販売する業者もいるそうである。

さて最近日本のお香屋などでよく聞く話に「沈香はもうない」「入手しずらい」とよく聞くことが多い。確かにワシントン条約の規制にかかっている天然物は取り尽くされかけているので、今後も入手は困難になるだろうが、大量に作られている人工沈香は植樹沈香木も大きく育ち、新たな植樹も増えているので入手は今後は容易(安価)になっていくのではないかと思う。

いいお香が安く手に入れるようになることはありがたいことで、お経の中にもいいお香をたくとより修行が高まるといった事柄が書かれている。

 

こんな大きな沈香がゴロゴロしている

沈香木

人工の沈香。これが最高級レベルとのこと。非常にいい香りがする。

ホーチミン某所のお香屋。こういった規模のお香屋が何件も連なっているエリアがある。