エラワン廟テロ事件


バンコクのエラワン廟がテロの標的にされた。たくさんの人が亡くなり多くの方が怪我をされた。

バンコクでは幹線道路沿いにあるのでよく前を通ったり訪れたことも何度もあった。現世利益の神様で非常によく効くということでアジアを中心にたくさんのお参りがある。

先日バンコクに立ち寄る用事があったので追悼のお参りに行った。ニュースの通りTNT爆弾にベアリングの玉が仕込まれたとの報道があったが、数十メートル向かいのルイヴィトン・バンコク支店のガラスにもその弾痕あとや廟内のいたるところにその弾痕があった。本尊のブラフマー神のお顔にも当たり当日は白い布で覆い補修されてた。生身の人間ならひとたまりもない。

南無阿弥陀仏。

IMG_4271

エラワン廟本尊は修復中

IMG_4270

爆心地付近も修復中

IMG_4269

願いが叶ったらタイ舞踊を奉納する

IMG_4266

お参り中

IMG_4276

ベアリングボールの被弾痕

IMG_4277

被弾痕


ウィークエンドマーケット


バンコクの名所で土日しか空いていない場所がある。東南アジア最大規模の市場「ウィークエンドマーケット」。店舗数1万5千以上、簡単に作られたトタン葺の倉庫のような建物に、似たような路地が碁盤の目のようになっている。外と内の壁はないオープンなのでエアコンはない。5月や6月の酷暑時期に水分補給も暑さ対策もしないで行くと一発で熱中症になる。またそこに何万人の買い物客が集う。あまりの人ごみも圧倒される。ほんとうに想像を超える広大なマーケットなので初めて行った時は本当に迷った。今でもしっかり地図を見ないとたちまちに迷ってしまう。

初めて行った時は20年ほど前でいろんな掘り出し物があった。実際ここで買った物をネットオークションで売り、旅行代の数倍を稼いだツワモノを知っている。今でも日本のアジアン雑貨店が仕入れをしているのを見たことがあるが、残念ながら今はインターネットが普及し、何がどれだけの価値があるのか誰でもわかる時代が来たので、もう本当の掘り出し物を見つけるのは難しいが、判別の難しい骨董系は目力さえあればまだ入る余地がある。

初めて行くとその規模と人ごみに本当に圧倒されるが、その物量と独特の雰囲気はバンコク市内では是非とも訪れたい名所である。ただし土日のみ。ちなみに平日しか滞在できないという方には隣接するJJモールという大型ショッピングセンターがあり、ウィークエンドマーケットほどディープではないが同じような小綺麗な店がかなりの量が入っているのでそれっぽい感じが味わえる。

IMG_0306

ひとつの路地

IMG_0307

人でごった返す市場

IMG_0309

行き違いが困難な場合も


ガンジス河の向う側


ヒンドゥー教最大の聖地ベナレスは最もインドらしい観光地であり説明の必要もないだろう。ここの街はガンジス川を中心として西側と東側の両対岸に土地があるが西側にしか建物はなく東側には何も建っていない。藤原新也氏のベナレスの写真集『メメントモリ』で有名になったようにこの東側は不浄の地であるから建物が建てられないのだという。この対岸に渡れば川岸には何かの遺体が打ち上げられていて少々どっきりすることがある。時に人の遺体も上がる(事故ではなく火葬されず流された遺体)インド人は屍体は広い意味で不浄なものとして考えているので、それがある場所はあらかじめ決めた不浄の地ではなく自ずと不浄の地になってしまったというか・・さて持論をここから始める。

ヒンドゥー教徒のベナレスの1日の最大のイベントは日の出にある。日の出が礼拝の対象でありベナレスらしい時間だ。異教徒から見てもありがたい時間でもある。この太陽が昇るのが当然東側であるので東側川岸には建物がない。いやもっと言うと建物を作ってはこの地平線から昇る太陽は拝めない。不浄の地だから建物を建てないのではなく、この日の出が拝めないから街を作らないのではないか。まあ一応この辺は不浄の地ということにして、本当のところは日の出のために大きい建物建てない。それが証拠にベナレスの東側の上流の川岸に日の出の邪魔にならない場所にはマハラジャの非常に立派な城がある。当然マハラジャは決して不浄の地には城は作らない。下流も鉄道の橋を過ぎ日の出の鑑賞に邪魔にならない場所までいけば川岸に街はある。

ともかくベナレスの日の出は美しい。全くの宗教的な日の出。日の出と共に山ほどあるお寺の鐘とヒンドゥー僧侶の読経が重なりそれはそれは素晴らしい雰囲気になる。仏教僧侶であるが心を打たれる時間である。この数キロ内陸に入ったところにお釈迦様が初めて法を説いた初転法輪の聖地「サールナート」がある。

 

画像 174

早朝まだ暗いうちからたくさんの人

画像 179

日の出を待つ

画像 185

日の出を前に沐浴する人

画像 191

ベナレスのあさぼらけ

画像 194

ベナレスの日の出

画像 196

ベナレスの西側。最も有名なマニカルニカーガート。日の出にはたくさんの参拝者がいる。

IMG_0703

東側の川岸。動物や火葬にされなかった人の遺体が上がることもある。

 

IMG_0699

ベナレスではこんな船をチャーターする。


ドゥルーガ プージャ


インドで年回数回大掛かりなお祭りがある。最も大きいのがホーリー祭でその他いくつかあるが、私のいつもの渡印時期が10月中旬が多い為ヒンドゥー教の「ドゥルーガ祭(プージャ)」に出会うことが多い。

数年前ブッダガヤからラジギールに向かう途中、大渋滞にあった。全く動かない。通常2時間で行ける距離だが、街を出たすぐのところですでに2時間くらいたっている。何かと思ったらこの祭りにぶち当たってしまっていた。

この祭りは毎年各村などのグループが粘土でドゥルーガ神を作り、何日か村の辻でおまつりして最終日に山車に乗せて川に流すということが行われるが、その山車を出す日に当たってしまった。

トラックやトラクターで神様を乗せた山車を引き、高知のよさこい踊りのDJ付きトラックのように大音響ディスコ音楽が流れて、そこに若者が踊り狂って歩いている。いつ暴動に発展するかわからないような勢い。いちおう警官もいるが横を通る私たちのバスを勢いでバンバン叩いてくる。運転手もビビって文句ひとつ言わない。私もできるだけ目を合わせないようにするが、同行の方がまさに怖いもの知らずで日本の感覚でちょっかいを出すとガラスを割られるような勢いになる。焦ったインド人ガイドが彼らを相手にすることは危ないと注意する。向こうの人もまあまあとなだめる人いてなんとか彼らを通過するがどんどん違う山車がすれ違う。バスは最徐行。そのうちモスクの前を通ると武装警官がうようよし始めた。あの勢いならモスクの焼き討ちにも発展しかねない。そのうち何とかバスは動き出し数時間遅れでラジギールに着いた。

インドのまつりは基本無礼講的なところがあり、彼らの日頃の鬱積したストレス発散の行事でもある為、日本のまつりの感覚で参加するのは非常に危ない。

以前にも書いたがホーリー祭という大きなものになると基本外国人は外出禁止とインド人に本気で勧められる。

画像 010

先頭は村長など

画像 012

トラクターで神様を引く。日本のハコ乗り状態の若者

画像 015

山車の後ろで踊る若者。すごい音量。

画像 014

音楽担当者は山車に安全な鉄格子付きのDJルームで。

画像 017

大人しめな別の山車

画像 018

ドゥルーガ神