短波放送


98年ごろのインドで最も確実な日本のニュース情報などの入手方法は短波放送を聞くことであった。もちろん場所や時間、電波などに制限がありブッダガヤでも日によってはっきり聞こえたり雑音で聞こえなかったりと問題はあったが、ネットも衛生TVもない当時はリアルタイムで日本の情報が手にいれるこのできる唯一のツールであった。

とはいってもそのうち日本の情報は自分の生活と直結しなくなるので聞かなくなったが・・。

その中で忘れないのは、たしかラジオ深夜便で浄土真宗のお経「正信偈」が流れてきた時だ。北陸地方の「報恩講」という浄土真宗では最も大切な法要を取材した時のものだ。

海外に移民した浄土真宗信者(門徒)は非常に多い。その為今でも世界各国の主な移民国には浄土真宗寺院が多い。また現在も本山から多くの海外布教使が派遣されている。そのため海外で住む日系人にとっても非常にポピュラーなお経の一つであり、法要なのだ。

国内ならきっと聞き流してる放送も、そのような人と共に日本国外のそれぞれの国で、この短波放送から聞こえてくる正信偈を聞きながら不思議な一体感を感じた。

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ブッダガヤ大菩提寺内の釈迦像

 


七葉窟


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七葉窟入り口、左下は断崖絶壁

お釈迦様が亡くなってすぐその教えをまとめようと約500人の弟子が集まり、その教えをまとめた仏教会議「第一結集」が行われ「お経」が誕生した場所がラジギールの七葉窟である。その場所へ行くためには健康的な人で往復2時間ほどの軽登山で治安もあまり良くないのでガイドなしの個人で気軽にお参りすることは少々おすすめできないが、この場所の下界に日本人が泊まる法華ホテルがあるので道中の車中からは簡単に見上げることができる。

ここはお念仏の発祥の地ラジギールにある温泉精舎と呼ばれるヒンドゥー温泉寺院の裏手の山からエントリーする。99年の1月にここに登った。往復2時間の登山。いきなりの急勾配が続きその後は平坦な山道にかわる。山といっても木もほとんどない荒地のような山。道は途中ジャイナ教寺院やヒンドゥー寺院もあるので整備されている。

七葉窟は断崖の少し下がったところにちょっとした広場がありその山側に洞窟が幾つかある天然の野外広場のような感じである。断崖を背にしたら音の反響で多くの人が会議をするには声が通りやすいうってつけの場所だと思う。仏教寺院があるわけでも、目立った仏像(誰かが置いた小さい仏像が2体あり2ヶ月ほど前に新設されたものであった)があるわけではないが、まさにこの場所でお経が出来上がったのかと思うと感無量である。

誰かがお参りで使った古いロウソクを拾ってそれを頼りに大きな洞窟に入ってみた。結構深く途中まで入ったが途中狭くなるがまだまだ奥があり興味深い。このような洞窟がこのラジギールの山には多くあるそうで、強盗団が身を隠したりするという物騒な話をラジギールの友人から聞いた。

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途中参道で薪を運ぶ人たち

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時折巨木がお目見えする

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洞窟の一つ

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広場と洞窟

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最も大きい洞窟前にて。東南アジア方面型の仏像が置かれていた。

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同期Y師とお参りをする。

 


灯火


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日本寺本堂のオイル灯明

時折出張で帰りが遅くなった時ブッダガヤ近郊で真っ暗な中、遠くに見える村の灯火を見ることがあった。基本的に安全対策で明るうちにお寺に帰るのだが渋滞やアクシデントで暗い夜道を帰ることもある。

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ブッダガヤ大塔の灯明

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大塔灯明。みんな自由にそれぞれ信仰する仏像にロウソクの光を供える。

電気がない村も当時は多かったので真っ暗な中オイルランプの灯火が遠くに見える光景は感動的であった。結構距離はあってもその小さい一つの明かりが暖かい光となって安心感を与えてくれた。煌々と明るい現代日本では考えられない。知っている村でもないし知っている人もいない村でも不思議と安心感を与えてくれた。昔話で山道で迷い、光があった時の救われたという話の感覚であろうか。闇の中だからこそ光に救われる。

南無阿弥陀仏はインドの言葉の音写だが漢字で意味としての別の称え方がある。「南無不可思議光如来」


日本寺の池


ブッダガヤ日本寺にある池の蓮は美しい。本堂裏にある畳3畳ほどの小さい池には美しい蓮の花が咲く。コンクルート製の四角形の池。本堂や幼稚園に行くときの通り道にあったのでいつもよく眺めていた。

ある日主任M師と「この池は美しいですね」という話をしながら一緒に見ていた。私は日頃からこの池で気になっていたことを訪ねてみた。「この池はなぜ斜めなんですか?」実はこの池日本寺のすべての建物とは平行になっておらず、すこし斜めに作られていた。何かインドの風水的なものか、仏教的な意味があるのか。私の中で謎であった。「あなたはこれが池に見えますか?」との問い。どういう意味だろう?「実はこれはかつて日本寺の建物を作るとき、ブロックを作る作業場プールとして作られ、建築後壊そうと思っていたのが、いつの間にか水が溜まるので池にしたものだそうです。だからこの寺院の建物がある前から存在し、方向なんか適当に作った作業場なので建物と平行ではないのです」と。もともと池じゃなかったのだ。予想すらしていなかった話であった。

人は固定観念を持つとそこから離れることができない。人はしばしば先入観にとらわれる。

作業場が残ったのはやっぱり仏様のお導きかもしれない。

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会館にくらべて池は若干ななめなのがわかる。

 


映画「インドへの道」


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バラーバル石窟

数多くの映画賞を受賞した映画「インドへの道」を見たのは高校のときだった。映画好きの友人C君と映画談義をしている中で彼はこの映画がこのところ一番面白いといっていた。私はあまり面白いとは思わず、どこが一番良かったのかと聞くと、ある古い石窟寺院の中で主人公が声の音の反響でちょっとおかしくなるミステリアルな場面が感慨深いという。その後再度見てもやはり私はパッとしなかったので逆によく覚えていた。

駐在中していたブッダガヤの近郊ガヤ市北部のバラーバル石窟という紀元前3世紀に建てられたインド最古の石窟寺院(仏教寺院ではない)を見に行った。巨石を掘って中にホールを作る気の遠くなるような作り方で作った寺院。少々治安の不安定な場所にあり外国人観光客はあまり来ない遺跡であったが、なんとここが「インドへの道」のまさにその石窟寺院のモデルとなった場所であった。

映画のシーンのように石窟の中で声を上げてみた。その声の反響は映画の劇中のような本当に不思議な反響だったが、まさか将来その場所を訪れることの方がもっと不思議であった。人生何がどう繋がるかわからない。

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バラーバル石窟

 


仏像復興計画8


2012年10月26日高知県仏教仏教青年会で4回目のジェティアン参拝旅行が行われた。今回は新たにできた堂宇の沐浴場落慶式も兼ねた参拝旅行。今回はジェティアンの村の方以外にラジギールに来ていた日本の日本山妙法寺のお坊さんもおられた。式典は新しい沐浴場のテープカット、その後法要を行いスピーチと法要は行われた。今回は12年前の堂宇落慶時のようなバタバタもなくきっちり仕事をしており記念プレートまで作ってくれていた。

この12年でジェティアン村は仏跡としても有名になっており、インド政府要人や世界各国からの参拝者、特にラジギールからジェティアンまでのお釈迦様が歩いた旧道を徒歩で参拝するというスタイルが確立しつつあった。ちょうどこの場所はラジギールからブッダガヤの途中にある場所なので参拝しやすい。

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セレモニー入り口

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完成した沐浴場

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沐浴場から堂宇入り口

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堂宇から沐浴場への階段。階段下に小さい物置も出来た。

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多くの人が集まった

 

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テープカット

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記念版オープン

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法要中

 

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記念プレート

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法要中

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スピーチ

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最終会計検査

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記念撮影

この時の前後に高知新聞の某記者さんの目に止まり1999年から現在に至る一連の流れや今回の沐浴場建設の模様が高知新聞、毎日新聞に大きく取り上げられて掲載された。(お寺の本堂掲示板に張り出し中)

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現地新聞

 

 


蚊取り線香


日本の蚊取り線香は蚊の多いインド旅行には欠かせない。生まれて初めてインドに行った時もガイドブックの旅行必需品リストで最も重宝した。(同宿の日本人にも分けてほしいとのリクエストがあったほど)なぜならインドにもインド製蚊取り線香はあるが効かない。効きが弱く朝起きたら何箇所か噛まれていることが多い。(電気式の強いものもあったが停電が多くあてにならない上、人間の体にも悪そうな薬品の匂いがする)インド蚊取りは殺生を嫌うから完全に殺さないのだというのを某旅行記で読んだし、インド人からも聞いた。いやいや要は製造技術の問題・・・ものは言いようである、さすがインド!

通常の大手会社のインドツアーに組み込まれるホテルならあまり蚊は気にすることはないが、安宿に泊まるなら必ず持っていきたい必需品である。私は必ず今でも日本の蚊取り線香は持ってインドに行く。蚊に刺されるとデング熱やマラリアなどなど怖い落とし穴もある。まあかゆいのが一番いやだけど。

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駐在僧部屋。後ろの窓の網戸が貼ってあるが、窓を開ける棒を通すための大き穴が開いており、そこから蚊が普通に入ってきた。意味がない網戸だったが先輩はみんな我慢していたことになる。この写真はそれを直した直後の写真。

 


変な日本語


東南アジアを行くと、時折変な日本語に出会う。Tシャツやステッカー、お菓子などなどにデザインされている。日本でも英語のデザインで意味もわからずTシャツにデザイン化されていると同じことであろう。特に親日のタイなら不思議な日本語の看板、商品デザインで日本語をよく見かける。タイ人の言うには特にひらがなはその形が可愛いらしい。タイのガイドブックにもこのようなデザインのお菓子などお土産にと紹介されている。

インドでは駐在中一度ガヤの服屋で「RE雨宮」というMAZDAのロータリーエンジン車の専門自動車店のロゴをそのままフルコピーすればいいものを、わざわざおそらく手書きで真似てデザインした帽子を見かけた。このロゴは日本人でもかなり自動車好きな人でないとわからない極めてマニアックなものだが、よりによってRE雨宮のロゴかと絶句したことがある。12億人のインド人でこのロゴの意味のわかる人はおそらく皆無。どうしてそれをデザインしたのか追跡調査したらおもしろいだろう。・・・・買えばよかった。

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バンコク・スワンナプーム空港のメニュー。「うなぎドン」昔話に出てきそうで食べるのに躊躇する。「カレライス牛肉で」逆におしゃれ。

 

 

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もはやカタカナですらない。タイのカンボジア近く。

 

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旭日旗が普通に使える親日

 


ガヤでのお買い物


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崩れそうな建物も常用

駐在中、時々ブッダガヤ近郊の町ガヤ市に買い出しについて行った。非常に古い町で数千年経つお釈迦様の時代以前からある古い町である。綺麗な街ではなく常にゴミは舞っており、いつ建てられたのかわからない古い建物や崩れかけの建物なども多く、インドの正しい?街である。インドのハリウッドと呼ばれるボンベイのボリウッド・インド映画会社がこの町を専用ロケ地にしようという話もあったほどのある意味、インド的な個性魅力ある町である。ガヤ駅周辺を除けば完全にローカルな町で外国人が観光するような町ではないし夜間は治安がいいとは言えない。日本人が巻き込まれる事件やその他多くの事件が起きている。

買い物は食品、日用品、電化製品など庶民レベルのインド製品なら大体買うことができた。いつも行く商店は雑貨屋、米屋、文具屋、建材屋、自動車部品店など。雑貨屋はいろんなんものがあり楽しかった。カレー味に飽きた頃ほこりをかぶった賞味期限の切れたインド製マヨネーズを見つけた時は即買いした。私たち以外には買わないようでわざわざ仕入れてくれたが大概なぜか賞味期限切れだった。期限切れでもインドの感覚では問題無い。文具屋であやしい商品を買ったり建材屋で思わぬ掘り出し物を見つけては楽しかった。インド製の何世代も遅れた商品がむしろ新鮮だった。こんなもの輸入販売したらウケるだろうと思っていたが、同じように思う人もいるようで今はネットでもたくさん簡単に入手出来る。

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ガヤで買った雑貨のほんの一部。右から車用カーリー神電気式お守り。犬の陶器おもちゃ。タタ自動車純正エンブレム。ブッダのタイル。アンバサダーエンブレム。ちっちゃい灯油ランプ。こんなものが未だに大好き。

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ガヤ駅 ブダガヤの玄関口

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子供服売り場

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牛も当然いる


仏像復興計画7


2012年5月高知県仏教青年会によりジェティアン堂宇の裏にある池に堂宇の沐浴場を作ることになった。事前打ち合わせと建設資金寄贈のため会員有志と共に摂氏43度を超える酷暑のインドに向かった。村長と護持委員会とともに話し合い、10月の高知県仏教青年会の参拝旅行に落慶法要を行えるように建設をお願いした。

今回非常に驚いたのがラジギールからジェティアン村までの道路が完全に舗装されていることだった。今まではダートも多く道幅も狭かったが、安全に早くジェティアンを訪れることが可能になった。また実際にお釈迦様が通られたラジギールとジェティアンを結ぶ紀元前の旧道が整備され、ダートではあるが自動車でも通れるようにまでなっていた。聞くとラジギールからジェティアンのこの旧道を歩いて参拝する参拝団もいるとのこと。また何より鉄道が近くにできたことで格段に参拝しやすくなった。高知県仏教青年会が初めて99年に訪れた時よりかなりインフラが整い格段に良くなった。それに合わせて気軽にお参りできるようになったことは何より有難い。実は2000年の落慶法要時の団体参拝には地元警察が数人警備についてくれたほどだったが、今やそのような雰囲気はない。

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綺麗になった道

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村長のお出迎え

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ジェティアン堂宇

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参拝記念に署名

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ここから池にかけて階段状の沐浴場を作る

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計画案

 

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参拝中

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建設資金の寄贈

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現地新聞にも掲載

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堂宇から池を見る

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その後送られてきた建設中の沐浴場

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村の子供達

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整備された旧道。かつて車は通れなかった

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タイからジェティアン堂宇へ参拝に来られたという新聞記事2012年2月16日付新聞