知らぬが仏・ブッダガヤのサソリ


先日、東京で日本寺元駐在僧の集まりがあり顔を出した。先輩や後輩など元駐在僧が集まりいろいろと懐かしい話の中で「サソリ」の話で盛り上がった。ところがなんと私は「サソリ」になんの警戒もせずインドで生活していたことに帰国して17年経って知らされた。

話によると先輩後輩問わずサソリは頻繁に出没し靴の中、寝具の中、あるいは書類の裏などいたるところに気を配り常に警戒すべき事項であったというのだ。当時同期のY師から「庭にサソリがいたよ」とか「近隣の村にもサソリは出ますよ」とインド人職員から聞かされたりしたが、私的には「カブトムシがいたよ」レベルで気にも留めていなかった。もしかしたらあの生活の中でサソリは実は私の周りに頻繁に出ており、ギリギリのところで知らず知らずのうちに躱せていたのかもしれない。

毒虫は全く平気ではない私はもしこの事実を知って駐在をしていたならかなり違った駐在生活になっていたはずである。知らぬが仏。くわばら、くわばら。

日本寺本堂。2016年訪問時。友人と。

 


菩提樹の葉 葉脈化加工


インドのブッダガヤに行くと菩提樹の葉脈のみに加工した物をお土産にしてたくさん売っている。

その中でも大菩提寺の後ろにある「大塔の菩提樹」の葉は仏教徒であればお土産の記念品というよりも「お守り」や「礼拝の対象」として持ち帰ることが多い。お釈迦様はこの菩提樹の下で悟りを開かれた。(2500年前のことなので何世代も交代はしているがその正当な遺伝子を受け継ぐ木)

ブッダガヤの大菩提寺に行けば、気のいいお坊さんなどがその菩提樹の葉を渡してくれることもある。さてこの葉、当然生ものだから数日するとカラカラに乾燥してしまう。そのままにしておくとパリパリに割れてしまって保管するのは非常に難しい。そこで保存方法として菩提樹の葉は葉脈が非常に強いので葉を水に入れて腐らし葉脈のみの葉に加工することができる。

現地では「ホンモノ!ボダイジュ、本物!」と数珠屋が道端でこの葉脈を押し売りしてくるがこの「大塔の菩提樹」ではなくその辺の菩提樹を大量に加工して販売している普通のお土産。「大塔の菩提樹」の葉脈葉が欲しければ、実際に大塔で入手し加工しなければけらない。

そこで実際に作ってみた。以下がその様子。

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大塔にいるお坊さんからもらうこともできる

 

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ブッダガヤ、悟りの大塔菩提樹

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乾燥した菩提樹の葉

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水につけて1週間目、洗剤を入れるとかすれば早いらしいがあえて水のみで加工。

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2ヶ月目ほど 水は週一で替える

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5ヶ月ほどで完全に葉脈のみとなる

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乾燥

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ラミネート加工

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綺麗に保存できる

 

なお、ブッダガヤでは菩提樹の青い新鮮な葉のままラミネート加工するショップもあるそうだ。


ブッダガヤの電気リキシャ


ブッダガヤの交通手段事情に最近渡印したとき変化があった。ブッダガヤの主な交通手段は数キロ範囲であれば自転車の人力車「サイクルリキシャ」を使っての移動であったが、最近は電気モーターで動く力車も加わった。タージマハールも時期的にかなり以前から数キロ手前で電気自動車に乗り換えさせられるし、シーク教本山なるアムリッツアルでも電気リキシャが走っていたので探せば多く使われているのかもしれない。

電気リキシャの採用は当然環境問題。インド各地の排ガス汚染問題は度々ニュースになる。インドらしいのは電気消費量を減らそうと夜間でも平気で無灯火で走るので少々怖い。

 

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客待ちの電気リキシャ

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ブッダガヤの電気リキシャ

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アムリッツアルの電気リキシャ

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昔ながらのサイクルリキシャ


ブッダガヤのセブンイレブン@


ブッダガヤで買い物をしていると友人がちょっとセブンイレブンにいってくるという。まさかコンビニがあるような世界ではないのでまさかと聞き返すと、先ほど車で横を通ったという。何かの見間違いだろうといってみると・・本当にあった。セブンイレブン。それなりに歴史があるかのごとく看板も日焼けして数年前からあったようだ。中に入るとエアコンが効きそれなりのものは売られている。日本並みとはいかないが冷えた飲み物、菓子、雑貨、土産など充実の品揃え。

しかしよくよく見ると本物のセブンイレブンではなくモドキ。「ブッダガヤ・セブンイレブン@」が店の名前。やっぱりインドだった。

知る限りインドの大都市を除き日本のようなコンビニはない。あってもそれなりの都市にスーパーの小店舗といった感じでボツボツあるような感じ。

追加・2018年再度現地で確認すると、流石に看板は外され普通の店として営業中であった。

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パッと見るとまさにそのまま

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看板も日焼けして、数年前からあった様子

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よくよく見るとセブンイレブンのロゴに「@」 しかし極めて危ないグレーゾン店名。似たような話は中国などでも聞く。

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ショップの袋、なかなか凝っている


ブッダガヤ大塔のセキュリティー


2013年7月7日ブッダガヤ大塔での爆弾テロがあり3年ほどがたったが未だ警備は厳しい。まず携帯電話の持ち込みは厳禁。寺院周りには預ける場所もないのでホテルなどに置くなど対応が必要。カメラやビデオは問題ないが料金がいるのは今まで通り。セキュリティーチェックは2箇所ありかなり厳しくチェックされる。大塔内も武装警官が数名巡回しているが、警官を女性にするなどできるだけ印象をソフトな感じにしている。

以前は大塔門前町はお土産屋やチャイ屋が並ぶ街であったが全て強制撤去され壁が作られた。これは世界遺産になった頃から土産物屋の立ち退きは立案されていたものだが、この事件をきっかけに実行された感じがする。

今回のブッダガヤのテロはビルマの少数イスラム教徒ロヒンギャ族を仏教徒が弾圧していることへの報復との話であるが、お寺に入るのにセキュリティーチェックとは仕方がないが悲しいかぎりである。

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大塔正面前入口

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第一ゲート男女に分かれてチェックする

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第2ゲート、大塔入口

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武装警官が見回る

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堂内入口にもセキュリティーチェック

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ブッダガヤ市場方面を見る。かつては一切壁はなかった

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かつての数珠屋街 今は壁のみ

 


マハーボディー寺院の仏足石


今までもこのブログで仏足石については多く触れてきたが、最近初めて仏足石の中で最も尊いといわれるブッダガヤ大塔にある仏足石に直に触り参拝できた。ことの始まりは2013年7月のブッダガヤテロ事件。このとき大塔の仏足石付近に爆弾が仕掛けられて仏足石を囲っていたカバーが壊された。その後新たにカバーは作られることなくそのままの状態で安置されている。もともとお土産業者がこの仏足石から拓本をとるのを防止する意味もありカバーされていたのだろうが、拓本ができた大昔ののんびりした環境ではない現在拓本を取ろうものなら一発で逮捕である。あえてカバーする必要もなくなったに違いない。そのほうが参拝者、当然運営に関わっているお坊さん自体もカバー無しのほうがいいに決まっている。

今回初めて触る仏足石はなんだが柔らかく感じ、大げさかもしれないが触った手から何かしらの力が入ってくるようなありがたさであった。このままカバーは付けずにいてほしい。

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そのまま触り参拝できる

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花を添えなんともうつくしい仏足石

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配置は昔と変わらず

 

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4年前のカバーのある状態

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私の知る限り1997年にはこのカバーのある状態であった。


6月の菩提樹


ブッダガヤの大塔うらにある菩提樹の下でお釈迦様は悟りを開かれた。そういったことから当然礼拝の対象になり、その落ち葉は聖なるものとして扱われる。大塔をお参りしていると多くの方がその落ち葉を拾って大切に持って帰る姿を見ることができる。

また6月はインド菩提樹が実をつける季節である。ブッダガヤの菩提樹の大木もこの時期たくさんの実をつける。参拝者の中にはこの実が落ちていたら拾って家で育ててみよう思う人もいて持って帰る。日本は暖かい地域でないと育たないが、アジアの暖かい仏教国にはこの種から大切に育てられている菩提樹がたくさんあるのだろうなあ。

 

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インド人サーマネーラ(小僧)が拾った菩提樹の葉を外国人参拝者に渡す。思わぬプレゼントに参拝者もびっくり。

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もらった葉。数日で乾燥する。さてどう加工しようか。


前正覚山


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洞窟前の広場

 

 

 

 

 

 

 

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前正覚山上空。ガヤ空港着時

お釈迦様はブッダガヤ近郊スジャータ村の奥にある苦行林で苦行をし、その後苦行では悟れないことがわかり現ブッダガヤの菩提樹の木下で悟りを開かれたわけだが、その悟る前にこの「前正覚山」の洞窟で瞑想されたことがある。「悟る(正覚)」の前にいた山だからこの名前がついた。インド名「ドンガシュリ」。

ブッダガヤからだとオートリキシャやバイクで30分ほどで着く。岩山の中間地点にあり徒歩で20分くらいの山道を登るか駕籠屋がいるのでそれを利用することもできる。参拝者の多い冬場にはこの山道に無数の物乞いが座り喜捨を求めてくる。ブッダガヤ駐在の始めの頃、初めてそのような光景を見た時はその数に圧倒された。さてブッダの瞑想された小さい石室が現在はチベット仏教ゲルグ派の寺院内にある。仏教寺院内ではあるがヒンドゥー教僧侶も常駐している。石室内は狭くせいぜい畳4畳半ほどで仏像などが祀られている。ろうそくとオイルランプの明かりのみで独特な圧迫感がある。

通常の団体仏跡旅行ではあえてスケジュールとして時間を取らないと参拝は難しいが少人数だとエントリーは難しくはない。

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尼連禅河前からの前正覚山

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登山口

 

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なぜかアウンサンスーチ氏のポスターが寺院に

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洞窟内仏像

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堂守チベット僧と

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前正覚山からブッダガヤを見る

 

 



インド旅行にいけば水道水の使用はご法度で、中には歯磨きもミネラルウォーターを進めるガイドもいる。大げさかと思う方もいると思うが本当に歯磨きで腹を壊すこともある。なにせ生野菜についた水で腹の調子が悪くなることもある。

ブッダガヤの日本寺の蛇口から出る水は井戸水(井戸によって飲めないのもある)だったので普通に使って問題なかった。とは言っても入寺始めはお腹も壊す。大先輩からは体がインドに慣れる上で3つの大きくお腹を壊す段階があり3週間、3ヶ月、3年で3つの段階(寝込むほどの高熱や下痢)があり3年後はインド人化すると教えられた。実際私も3週間と3ヶ月の段階は味わった。

数ヶ月もするとだんだん慣れてお寺以外でも他国の寺院法要でお斎(法事の食事)に呼ばれたときはそのお寺の水を普通に飲めるようになり、そのうちインド人と同じように普通に飲めるようになった。ただその地区の水に慣れただけで、町を離れると水は変わる。ちなみにインド人でも旅行に行ったり他の地方に行く時は気を使いミネラルウォーターを飲むことが多い。安全かわからない水の感覚は私たちと同じ。

ちなみに駐在を終えて日本に帰って水道水を飲んだら下痢をした。

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一般的なインドの井戸 これは仏教青年会が寄贈した井戸


発掘当時のブッダガヤ大塔


ブッダガヤ大塔の入り口にあるホールにはブッダガヤ大塔発掘(多少なりお参りがあってここが何か知っている現地人はいたので「発掘」には抵抗感あり)当時の1900年代初めの写真がある。イスラムの破壊を防ぐために2階付近までは土に埋められている様子やここを掘り返して悟りを開かれた場所にある当時の金剛座の写真など興味深い。

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金剛座 お釈迦様が悟りを開いた場所にある。

それにしても発見当時は本当にぼろぼろで1900年まで数百年は修復もされず廃寺の感すらある。その間隣国ビルマ、タイやスリランカは通常に仏教は信仰されていたのに来ることができなかったのか。当時の国際事情は厳しかったのか、仏教徒の最高の聖地なのにここまで廃れるとは。現在の自由に行き来できることの有り難さが身にしみてわかる。

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ここまでぼろぼろになるとは

 

 

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金剛座。いまは触ることもできない。掃除のため管理の僧が入り口を開けた瞬間激写。私の駐在時はいつでも中に入れた。

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現在の金剛座前で法要をするビルマ人。入ることも触ることもできない