98年末。ラジギールへの出張のとき日本寺ドライバーのBが学生のころ受験でガヤ市郊外ジェテアン村にある学校の前に放置された大きい仏像を見たことがあるので、ちょうどラジギール出張で帰り道に立ち寄れる距離なので行きませんかという話があった。
そこはガヤ市郊外の田舎でラジギールとブッダガヤを結ぶ旧道にある大きな学校がある以外はごく普通の農業主体のジェティアンという村であった。村の入り口の丘の上に椅子に座った姿のお釈迦様のブラックストーンという石で作られた仏像が放置されていた。13世紀ムスリムが侵攻した時の名残である。近所のおばさんたちが簡単な供え物はしていたが倒れかかり何百年と放置されている仏像であった。
この村はマガダ国首都ラジギールのビンビサーラ王にお釈迦様が佛法を初めて説いた場所であり、またお釈迦様が安居という雨季の期間出歩かず一箇所に留まって勉強する場所に一時期使ったり、お釈迦様が住んだこともある洞窟があったり、またまた三蔵法師が訪れたという記録も残っているという言わば忘れられた聖地であった。しかしこのようなことは後になって知ったのであってその時は知る由もなかった。
このとき私と駐在同期のY師と訪れ、あまりの放置ぶりに、この傾いた仏像をせめて土台に乗せて日本で言うところのお地蔵さんくらいの形にしましょうと決めた。その後ジェティアン村の人々とも話し合い、それならどうぞ作ってくださいという話でまとまった。ちょうど私は駐在を終えて帰国することとなったが、必ず帰国しても復興しようと誓った。






