ブッダガヤ大塔、各遺跡


ブッダガヤ大塔を参拝しました。
参加者の日高村護国寺住職様 足摺の金剛福寺坊守様
ブッダガヤ大塔 ここでお釈迦様が正覚を開きました。最高聖地です。
120年前の発見当時の大塔。ムスリム侵攻により数百年荒れた状態でした。
大塔内部、奥に本堂13世紀くらいの仏像が鎮座します。
大塔裏側の菩提樹の下で正覚が開かれました。
大塔の住職様と長い付き合いになります。
紀元前の仏足石。お釈迦さま往生から500年間仏像は作ることはなく,
作ること自体が真実を歪めると思われていました。現在のイスラム教信仰に似ています。浄土真宗の仏像に対する考え方も考えを持っています。
この仏足石や菩提樹の葉が信仰の対象でした。弘願寺にもインドの同じものの複製が本堂前にあります。
大塔前のマーケット。チベット人マーケット
大塔近くにある苦行林寺院。今はヒンズー教寺院ですがこの井戸跡の中で長い間お釈迦さまは修行しました。現在も入ることができます。
竹林精舎、お釈迦様が暮らした竹林精舎前の住職友人の数珠屋さん
大塔住職様と新しくできた大塔管理事務所、住職執務室にて。参加者お皆様と。若い方は足摺の金剛福寺副住職様
竹林精舎
成道会開催のための会合
霊鷲山を
発見したのは120年前の浄土真宗大谷探検隊です。
竹林精舎
飛行機で荷物が全て行方不明になり仕方なく現地で入手できる私たち大乗仏教の袈裟はチベット式しかなく、着用してます。荷物は翌日タイから送られてきました。

お世話になったラジギール、シッダルタホテル、ラジギールの街並み


インド ジャティアン成道会法要


2023年12月5日高知県仏教青年会仏像復興計画で1999年に修復された堂宇の成道会法要が行われました。法要に際し修繕計画から約2年補修作業が行われて有志と現地にお参りしました。

インドもLED化されシャンデリアもつきました
看板も補修、追加されました
当日お参りをするとカンボジアの団体がお参りしていました。
かなり前からジャティアン堂宇はアジアでは非常に有名な場所になったとは聞いていましたが実際にお参りをされる方を見るのは初めてです。100人以上の大団体です。
カンボジアの団体です。全員正装です。観光ではなく参拝という意味です。
僧侶もカンボジアではかなりの高僧のようです。同行の僧侶に私たちがこの寺院を作ったというと、ジョークと思われ笑われてしまった!
カンボジアもかつては僧侶も大半が虐殺されましたが大復活しています
隣接する宿坊。とトイレ、シャワー室
夜間は一晩中明かりがついています
私たちの成道会法要
村の護持会メンバーと
住職と現地の世話人ビジャイさん
ジャンティアンの由来案内、英語、ヒンディー、日本語
2000年開山式記念プレート
新聞にも出ました。グーグル訳 
2社目新聞

インド ブッダガヤ金剛座 昔の写真


現在ブッダガヤの金剛座は立ち入ることができません。
記憶か正しければ立ち入り規制されたのは十五年以上前かと思います。
98年の駐在僧の時代は写真のような状態で触ることも、横でお参りすることができました。
懐かしい時代です。
さてそれよりももっと前はこのような状態でした80年から90年代初期代かと思われます
日本の某新興宗教の教祖がこの金剛座の上に座り国際問題になって95年前後に囲いゲートができたと聞いています。
その後2000年過ぎに菩提樹の根を痛めるということで完全に立ち入り禁止になりました。
これはもっと前、50年くらい前なのではないでしょうか。

これは100年ほど前の発掘当時の写真
13世紀から100年前まで、ムスリムの侵攻のため破壊を逃れるため埋まっていました。
もしかしたら埋めることがムスリムとの妥協案だったかもしれません。
イギリスの探検家によって発見(当時もチベット人仏教徒の参拝はあったようです)100年前の大塔、この後ビルマの王様の寄進により大修復されました。
現在の金剛座、立ち入れません

ジャティアン堂宇2023修復


ジャティアンの仏像。13世紀の非常に珍しい座って説法をする像
復興前は放置されていた。高知県仏教青年会派遣団と。
ここはジャティアン(jethian)はラジギールから10キロほど西にある小さい村であり2500年前お釈迦様がビンビサーラ王に布教した聖地である。
聖地サールナートで仲間の僧侶に初めて説法した「初転法輪」の次に、さとりを開いた後はラジギール王国ビンビサラ王に必ず最初に説法をするという、出家の初期にした約束を果たす為、この堂宇の場所で説法をした。初めて在家信者ができた聖地である。
その後王の寄進により竹林精舎や霊鷲山での出来事は言うまでもないだろう。
かの玄奘三蔵もここで滞在し世界的仏教徒に見直されている聖地である。

2月27日ジャティアン堂宇の5年ぶりの修復のために訪れた。堂宇壁面日ひび割れなど今年10月までに全面修復をする。
ジャティアンはコロナが開けて毎日のように外国人参拝者が絶えず、タイ人、ブータン人、韓国人などが訪れる。
高知県仏教青年会と有志で復興以来23年、まさかここまで有名になるとは夢にも思わなかった。
思えば復興後、国鉄がジャティアンに新路線が引かれ、道路整備、また三蔵法師が滞在されていた場所でもあることから大乗仏教系の方にも注目され、近年ではアジア各国2、3千人規模のお釈迦様が実際に歩かれた道(ラジギール・ジャティアン間)を歩く平和行進毎年12月に行われている。
日本仏教界ではほぼ無名であるがこれから日本でも興隆していくことを切に願う。
観光化された他の聖地と違いお釈迦様がいた頃と変わらない風景が残る聖地である。

ジャティアン護持会の皆さんと
隣にあるのは、ジャティアンの国鉄が完成し、少し経った頃ムンバイのインド国鉄職員(ジャイナ教教徒)からの寄進休憩室。
長い間建設途中で止まっていたが、今回の完全完成を行う。
今回新たに高知の有志様寄進によりトイレ、シャワー室を新設
トイレ側面
休憩室工事1
休憩室工事2
計2部屋
堂宇側面修復工事中
側面工事2
電気も新たに新設したとのこと
トイレタンク、地下水を溜めて水圧で流すインド式水洗
手洗い所
コロナ問題で新鮮な水で手洗いが重要です。
溜めたバケツの水の手洗いが今でも多く見られます。
シャワー室
洋式水洗トイレ
村初の洋式トイレ
インド式トイレ1
インド式トイレ2
休憩室と管理人
堂宇看板も壊れてきました。新装します。
堂守さんの家が新しくできました。堂宇の隣。
2023年参拝記念メッセージ帳、各国の参拝者が見える。ブータンのカルマパ、リンポチェのサインも!日本人も他のページに散見される。大阪の某仏教系大学学長や京都の某日本最大級仏教教団の猊下、故有名仏教作家などさすが現地でも研鑽を積まれているなという印象。(このネット画像では日本人に関しては画像処理で消しています)
堂宇からの夕焼け。お釈迦さまはこの場所でこの夕日を背に仏法を語られた。
2500年当日と変わらぬ景色。


ジェティアン堂宇 トイレシャワー建設


2021・2・13付けの建設中のトイレ3基、シャワー、手洗い所。
中間報告がきました。今年秋までくらいに完成する予定ですが。コロナの状況次第です。
ちなみにこの村あたりにはコロナ患者はいないそうです。インドは都市部のみという報告でした。
インド人の村人は基本村から移動しません。
ジェティアン堂宇本尊
20年以上前に植えた落慶記念樹マンゴーです。今年の5月には大量に生りそうです

ジェティアン堂宇・トイレ、シャワー室建設中


2020年コロナ問題の中ジェティアン村堂宇横にトイレ、シャワー室の建設が始まりました。工事は何度も外出禁止令によりストップしていますが順調に進んでいます。そのほか小さい僧房も整備される予定との連絡を受けました。
シャワー室1、洋式トイレ2、インド式トイレ1が作られる予定です。
今年に落慶法要を行いたいのですが世界第2位のコロナ感染国インドには当分入国できません。来年2021年の秋を目指して準備中です。

2018年インド、ジェティアン・ラジギール平和行進


非常に綺麗な状態で保たれているジェティアン寺


2018年12月13日インド・ジェティアン村において恒例の「世界平和行進」が行われた。数年前から行われている行事で世界中から1000人を超える僧俗が集まる。再三出向依頼を受けていたがやっとこのと参加できた。1999年私たちがここに来た時はインドの普通の村であったがこの20年、高知県仏教青年会が仏像復興を行った結果、私達の手を離れ世界に知られる聖地となった。

当日は10時くらいからジェティアン村へ托鉢に向かう。村人から辻々で果物やお菓子を鉢に入れてくれる。かつてラオスのルアンパバーンで100人程度の托鉢を見たがここでは数百人の僧侶の托鉢。いままで見た中では最も多い数である。村の奥に進むと昼食が用意され、これは僧俗(ただし信者は外国人のみ)ともにいただける。

昼食後は式典会場に集まるが、何せ世界各国の僧侶が集まるのでそれぞれの僧侶同士の法衣から顔立ちまで変わるので、コミニケーション大会が始まる。言葉は通じなくても携帯で写真の取合い。日本人は私たちと現地の日本人僧侶数人だったので、非常に珍しくどこに行っても記念写真をせがまれた。

式典が始まると各国代表と主催者側のナーランダ大学などの代表などのスピーチ。約1時間ほど行われた。式典後はジェティアンからラジギールの竹林精舎へ約12キロの平和行進が行われる。この道はかつてお釈迦様が通られた旧道で生活道路としてはあまり使われていない。舗装もされていない昔ながらの道である。

今回は時間がないのと諸事情で歩くことは叶わなかったが現在のジェティアンがこれほどもでに復興したことを確かめて帰路についた。


ルンビニ参拝


ネパールのルンビニは2500年前にお釈迦様が生まれた誕生地である。世界各国から多くの方が参拝し大変賑わっている場所である。初めて訪れた時のは20年前でその頃よりはチベットやタイなど多くの寺院が出来、公園化された。現在も大型のチベット仏教寺院が建設中である。もともとここは沼地で開発が非常にしにくく、政府が変わるたびに開発が中止されたりと時間がかかったが、日本仏教会などからの支援により現在に至っている。

とはいえ田舎には変わりなくお釈迦様がお生まれになった頃と変わらない風景も広がっている。ここは首都カトマンズからはかなり離れており、少し車で進めばインド国境に接する。

アクセスはカトマンズから1時間ほど飛行機に乗るのが最も簡単で現実的である。バスも可能だが1日かかる。

マーヤ堂(御釈迦様のお母さんの名前)この中にお釈迦様が生まれた場所があり、誕生を記念する石(印石)が埋められているのを見ることが出来る。

産湯に使われたと言われているマーヤ堂の横にある池とその横の菩提樹

沐浴場横の菩提樹には祠が置かれているが何故だか本尊は涅槃仏。

同行した各宗派のお坊さんによるお勤め。

お堂横には仏教をインド中に広めたマウリア朝のアショーカ王(紀元前3世紀)による記念塔がある。インド中の初期仏教に関わる場所にはこの「アショカピラー」がある。

ルンタ。チベット仏教ではこれをお参りするときに捧げる。

駐車場からマヤ堂に伸びる公園化された参道

ルンビニ原風景の沼地

タイ人の寄付によりできた公園にある誕生仏


ネパールの細密仏画


ネパールにある浄土真宗寺院・カトマンズ本願寺の僧侶スニタさんのお父さんシュクラ・バハドル・ラマさんはカトマンズ本願寺本堂の内陣を書かれた有名な仏画師である。ネパールのお土産屋などで見られる仏画よりも数段精密な細密画を数人のお弟子と共に描かれている。

閑静な住宅街にある工房は日本などから依頼を受けた仏画など数点が描かれており、細密画用の筆や筆の形を整える道具などがおかれ、制作途中の仏画や数年かけて製作中の大型作品の涅槃図(お釈迦様が亡くなった時の様子)が目を引いた。ネパールにはこのような工房がいくつもあり日本人留学生もいるそうである。

かつて日本も家庭の仏壇本尊の絵像などを書く多くの仏画師がいたはずだが、今や写真、印刷技術が進み家庭のお仏壇の仏さまの絵像は印刷されたものが多くなった。ちなみに浄土真宗は仏画師が一部手書きした本願寺の発行する絵像の安置を推奨している。

ホテルに仏画を持ってきていただき吟味

真言宗で使う曼荼羅

シュクラさんスニタさん家族と共に

数年かけて制作中の涅槃図

阿弥陀仏。制作に1ヶ月ほど

道具

お弟子さんが曼荼羅を仕上げていた

阿弥陀仏絵像